教育と平和の関係性を今あらためて考える
初恋色のアラベスク誕生
先日リリースした初恋色のチェーンアラベスク、みなさんモチのロンでご覧になってくださいましたよね?
双子座のラッキーカラーはイエロー、季節は夏、前作はクリームソーダ。
これだけ条件が揃ったらもう今回のテーマはレモネードしかないでしょう
しかーし
レモン→甘酸っぱい→よく初恋に例えられる→学生→制服→ネイビー
と、こんな感じでいきなりイメージがリレーを始め、レモネードは完全消滅。 ←おまめあるある
制服ネイビーになり得るマットな紺色のビーズを探し、そのビーズで作ったパーツをレモンイエローと相対するように投入して『女学生の初恋』イメージで完成させたんです。
ここに学生服のラベンダー色のリボンも入ってるんですよ。
こういう何気ない部分に乙女心がくすぐられますでしょ?
撮影時のBGMは誰もが知ってるペギー葉山の『学生時代』。
そうそう、『学生時代』の楽曲背景が青山学院だってみなさんご存知でした?
ペギーさん、そして曲を作った平岡精二さんの出身校なんですって。
生まれる前の曲ですが、蔦の絡まるチャペル、そして図書館のノートとインクの匂いに憧れたもんです。
実際の大学生活は蔦じゃなくまさかのヤシの木
匂いも図書館のインクとノートではなく、体育館の汗とボールでしたけどね😅 何しに大学行っとんねん
時代に翻弄された女子教育
さて、学生時代を聞きながらビーズの色を一粒一粒丁寧に補正していき、気持ちがマックス盛り上がったところでいざコピーライトです。
その時にふと思い出したのが『はいからさんが通る』のワンシーンでして、主人公の紅緒が通う女学校で、確か卒業間際じゃなかったかな?
「誰々さん、どこどこにお輿入れが決まって・・」「誰々さんもお見合いが上手くいって・・」ってな感じで女学生が話している場面なんですが、当時があの通りなら学生時代の甘酸っぱい初恋などなかったってことになりません?
女子教育の変遷は大学の教育課程で一通り学んでるんですが、ネット使えば読みたい論文がすぐさま出て来る良き時代。
あらためていろいろと調べてみたらば、まー出るわ出るわ!
学生時代のもやもやが一気にパーッと晴れましたよ。
日本の女子教育は明治維新がきっかけで動き出すわけですが、現代までの流れをざっと書くとこんな感じでしょうか。
- 欧米に倣って女子教育頑張るぞ[明治初期]
女子教育は先進国の証。外国にバカにされないよう宣教師を招き女学校を作りまくる。 - 日本はキリスト教の国ちゃうんじゃー![明治中期~後期]
国家主義の台頭。キリスト教ベースの女学校は次々に廃校へ。
- 女子は子を産み家を守るべし[大正~昭和初期]
戦力で世界に勝ちたい欲求が増していき、女学校では家政学が中心となる。 - 女子教育やり直しますわ[戦後]
地道にグローバル化を目指し始める。
こうやって見ていくと、2は日露戦争から第一次世界大戦、3は第二次世界大戦が起こった時期と重なります。
つまり、いつの世も世界平和に暗雲が立ち込めると犠牲になるのはわれわれ女性というわけですわ。
まぁ産む性が安全なところに隠れていないと国家は滅びますから、まんざら犠牲というわけではないかもですが。
津田梅子はなぜ留学したのか
ってな感じで日本の女子教育は浮き沈みしながら今に至るわけですが、2、3で沈みまくったにもかかわらず4ですんなり浮上したその背景には、津田塾大学創始者・津田梅子はじめ、1の頃にアメリカで長期留学を果たした女性たちの功労が多分にあると思うんですよ。
が、どうしても解せないのが実の子供を10年もの長きに渡り外国へやる気になった親の心境。
岩倉使節団のことを学習したのは中3か高1だったんで、子を持つ親の心境などわかろうはずはないんですが、一応将来母となり得る身としては、何か大きな見返りを期待したか口減らしのどちらかだろうと無理くり腑に落としたのを覚えてます。
で、今回あらためて調べてみたらば、梅子はじめ5人の留学生の親はいわゆる『賊軍』と呼ばれる人、つまり江戸末期に日本が変ろうとしていた時、最後まで幕府側について新政府側と戦った人たちだったんですよ。
梅子が留学したのは明治5年。
わずか5年であっても負けた側の5年ですから、肩身も狭く、辛く長い5年だったに違いありません。
ここはいっぱつ娘を使って一族の汚名挽回を図ろう!ということだったのでしょう。
子供たちも幼いなりに(梅子はこの時わずか6歳)一族の運命を背負っている自覚を持っていたのかもしれません。
謎が解けてすっきりしましたが、娘よりも御家大事。
時代ですなぁ。
難攻不落の日本
にしても、1の時期にプロテスタントの宣教師がなぜに日本なんかの女子教育に尽力してくれたんや?って話ですわ。
そのからくりも今回調べて初めてわかったんですが、米国女性伝道師の布教キャンペーン?と日本の夜明け(維新)がたまったま重なって、過去に何度も布教に失敗している日本を落とすのは今しかない!ってことになったからだそうです。
しかし日本は落ちなかった。
言ってみれば日本の女子教育の基盤を作ったのは彼らですよ。
そして当時の学校のいくつかは名前を変えたり統合されたりして今でも残ってるわけですよ。
なのに今現在、クリスチャンは日本の全人口の1%にも満たないというこの現実!
日本にはもともと神道があり、そこに馴染みの良い仏教が加わったことで何不自由なく生き死にができるようになって久しいから、いまさら一神教に帰依する必要がなかったということなのだろうか?
そこのところの謎はいまだ解けていませんが、明治時代の女学生、蔦の絡まるチャペルで祈りをささげた帰り道に地元の弁天様にパンパン二拍手、家に入るとご先祖様に仏壇チーン!は間違いないと思いますw
平和なくして教育は成り立たない
仏壇チーンですが、事実、仏教(寺)は男女の区別なく学問を教えてくれる寺小屋の前身となったわけですから、もしかすると女子教育の基盤を作ったのは宣教師ではなく坊サマだったのかもしれません。
ってか徳川の江戸時代、平和だからこそ長く続き、平和だからこそ学問をする余裕が生まれて寺小屋ができたわけなんで、真に感謝すべきはやっぱり平和です。
結局、学問も教育も、平和の上に成り立っているんですよ。
それをわたしたち決して忘れちゃいけない。
学生が制服に甘酸っぱい恋心を仕込む余裕、これすなわち平和の証。
子供たちが二度とない学生時代を平和の中で過ごせるよう祈りながらプロデュースしたレモンイエローのアラベスクは、今の世情とも重って、教師としての想いとも重なって、わたしにとって特別なものになりました
それでは、着けてみましょう!
学生カラーのイエロー×ネイビー、やっぱりめっちゃテンションあがります
女学生とは程遠い年齢ですが、もっと程遠い人が馴染ませ色をうまく入れてくれてるんで、全然浮いてませんでしょ? 誰のことやw
こんな感じで夢beansでは作品の背景までしっかり作り込むため、リリースまでに時間がかかるのは事実なんですが、一作一作丁寧に命を吹き込む作業をする中、わたしはいつもたくさんのことを学び、いろんなことを考え、その結果さまざまな思いを胸に残せるんです。
こんな有意義な活動ができるのも、言ってみれば平和のおかげ。
子供たちが有意義な学生時代を過ごせるよう、女性たちがいくつになっても好きなことを好きなだけ学ぶことができるよう、平和の世を祈らずにはいられません。
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